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「真理の御霊」

最後の審判(次元上昇)を超えるために1999年からひふみともこさんに下ろされている神示をお伝えします

神から人へ◎「いろは」の解釈・伊勢神宮の神様◎

 

 

神から人へ、人から神へ。

己の問いたきことあらば、神に問いて、助けとされよ。神の伝えることばの

奥の、真の真理を読み取れよ。さにて本日何を問いたき。

 

 

(一つは「いろは」の解釈についてです。地獄からようやく抜け出ることが

できた霊の心境を詠んだもの、という風に解釈しては誤りでしょうか。

神が存在を許した地獄から、行を積んで抜け出たら、浅い夢のような現世

(魅力的だがいずれは終わるもの)には戻るまいと思い、現世の魅力に再び

酔うこともなかった、という解釈はいかがでしょうか。

また「有為の奥山」とは、「地獄」の意味と考えては誤りでしょうか) 

では答えん。「いろは」の解釈。真の意味を。

「いろは」は神のことばなれば、人は人のことばにて、あれこれ意味を

探れども、真の意味はそにては解けず。さらに謎を残すのみ。

古代の人は、今と異なる言霊によりて意味を表し、言霊によりて意味を

伝えき。そこには多くの意味が込められ、それぞれの音に多くの意味が、

祈りが込められ、重なりぬれば、「いろは」 の意味も同じこと。

ただに人の浮世の儚さ、生々流転の教えにあらず。或(ある)はまた、

ただに地獄をいでし亡者の、悟りの境地を表すになし。

真の意味は深く広く、ただにこの世の繁栄を、地上の幸を願う意味なれ、

漢字を当てるは間違いの元。さらに迷いを深めるのみ。

「いろは」の言霊、組み合わさりて、地上の浄土を作らんと、神の願いを

表すものなり。人の幸せ、進歩、向上、さらなる浄化と、昇華の進み。

なれば、現世とあの世との、境の者にも救いを与え、再び再生復活せしも、

共に祝われ、安らげられなん。

現世に果たせし修行を積みて、次なるあの世に旅立つときには、必ず現世を

懐かしみ、執着残す者多し。さなる迷いを残すなと、神は祝いて禊(みそ)がんと

する。さなる思いの込められたれば、地獄を表す祝詞(のりと)にあらず。

「有為の奥山」そは現世。地獄にあらず。過(あやま)つなかれ。

 

 

現世を旅立つ者に伝えん、神の導く方を示さん。なれば、真の意味を読め。

今のことばに当てはめるなく、言霊学びて、読み解けよ。なれど先の解釈も、

全てが間違いならざれば、多少の意味は正しからん。意味を知るも大切なれど、

祝詞の意味を、役割こそ、過つことなく伝えてくれよ。

今の解釈、次元は低し。なれどそもまた致し方なし。現世の目には明らか

ならずも、あの世に帰りなば、必ず悟りて全てを知らん。なればこそ、

死にゆく者にも祈りてやれよ。必ず救われ、成仏しなん。安らぎ、満ちたり、

穏やかとなり、あの世に迷わず、戻り来ん。

迷える魂導く時も、「いろは」を謳(うた)いて聞かせてやれよ。必ず真理を

読み取りて、迷いを取りて救われなんを。

 

 

(二つ目の質問は「天照皇大神様」と「天照大神様」についてです。

天照皇大神宮様」は「天照皇大神様」なのでしょうか。それとも「天照大神様」

なのでしょうか。また、伊勢神宮の主催神は正確には「天照皇大神様」なので

しょうか。お教え賜りたくお願い申し上げます。)

「天照皇大神」様と「天照大神」様は二人の神なり。二人の名前は似れど、

別なる二人の神々様なり。生まれ、役割、働きも、それぞれ異なる神様なるに、

人は過(あやま)ち祀るあり。 なれどそもまた人の区別よ。

全ては一つ、全体なれば、違う姿、名前にあれど、元を正さば同じ神なり。

人には分からぬ神の世界よ。優劣付けて、わからんとすな。

神格、霊格、階層、上下。神にも分からぬ人の区別よ。神はただ役割を分け、

それぞれ与えて、働かせんため、自ら別れて分身となる。

なれば、異なる役割担(にな)い、己の務めを司(つかさど)るのみ。いずれも

必要、不可欠なれば、いずれも崇(あが)め、尊ぶべし。

 

 

天照皇大神宮」、さなる名前の神もあらん。なれどそもまた人の作りし、

与えし名にて、神にも分からず。伊勢神宮に祀られる、今ある神の名前にて、

間違いならず。過ちになし。

神はいずれの神社神宮、いずれも降りて、光を与え、この世の繁栄平和を祈らん。

神社は借りの宿りなれば、人は区別し祭れども、神の世界は区別なし。

こだわることなく降り立ちて、人の祈りを聞き届けなん。神社といえども、

神のなき、お社(やしろ)のみ のものもあり。なれば、そこにて祭らるとも、

ありてもなきの神社も多し。人は惑(まど)いてこだわるなかれ。

神の世界は神のみぞ知れ。神の名前にこだわるなかれ。

人には人に、それぞれに、必要なるが導き示さん。いくら拝(おが)みて頼めども、

その者、心に、神のなからば、虚(うつ)ろな空しき思いのみ。

神を心に持つ者ならば、まずは拝みて、感謝せよ。神の名前は関係なし。

神学、宗教、間違い多し。迷わすものにも注意せよ。

やがてはつまらぬいさかいとなり、下らぬ議論をするも愚(おろ)かし。

 

 

さにて本日、多くの疑問の一つなれども、少しの意味のみ示したり。神の教えは、

無限なり、なれば、少しのことばの奥に、無限の意味を読み取りてゆけ。少しの

ことばの片鱗に、真の真理は秘められたれば。さにてさらなる昇華を待つのみ。

さにて。

 



神の声を伝える人
ひふみともこさん著書  「続神誥記」より抜粋
ひふみともこさんHP
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大神神社 狭井神社 三輪山の巫女「真理の 御霊」  
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