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「真理の御霊」

最後の審判(次元上昇)を超えるために1999年からひふみともこさんに下ろされている神示をお伝えします

神から人へ ◎文明・学問・芸術について◎

 

(文明について)

 

文明なるは、人のみが持つことを許されしものなり。文明、

即(すなわ)ち、人をより幸せに導き、思いを高め、神に感謝

するの念を強めるべき、神の御心の現れとなるべきものなり。

文明の成果は全て、人の欲得、利害損得に駆使され、神の心は

跡もなく、消され、忘れられ、捨てられし。それゆえ、今の

文明は、腐れし物のみにて、それを使う者の魂、心、肉体の

ことごとくを蝕(むしば)みゆくものなり。

文明の初め、それは、神の御心にかなう、人の幸せを増す為に、

人が己の能力を精一杯用いて、生み出ししものなり。それゆえ

初め、それが人に不幸をもたらすべくもなく、人はそれをもち、

健康、平和、安楽を得し。そが文明のあるべき姿。神の御心を

備えし、正しきあり方なり。 今の文明、全て、汚れ、汚濁を

生み、この世に害毒、罪悪のみを撒き散らすものなり。神の

心を忘れ、神の心を失い、ただただ己の利益拡大、己の権利

主張と、他への侵略、己のみがよければ、それでよしの心。

それゆえ文明は、今や人を滅ぼすのみものなり。腐れ、汚れし

文明は、いずれこの世を壊滅させ、廃墟をもちて終わりゆかん。

人無き世にて、文明終わらん。

 

 

 

 

文明なれど、神はおわする。神の御心、さても尊く、さても

深し、強き意思と高きご意図。人の残らぬこの世にも、神は

再び再生を図らる。この世に残る文明、人類、自然、地球、

そをもちて、新しき世を、もう一度創らる。文明に、神の心を

取り戻さん。そが始めなり。そが立替え建て直しの始めならん。

さなくば、神は神のご意思により、文明なるを終わらせん。

人類なるを終わらせん。全てを素に、初めの零(ぜろ)から

始められん。全ては無から始められん。全ては空(くう)から

創られん。神仕組み、神経綸。元の初めから、元に戻りて

始められん。それゆえ人よ。神の仕組みに外(はず)れぬ物を、

神の御心にかなう物を、作り、使い、生み出せよ。物に使われ、

物に支配さるることのなきこと祈らん。 

 

 

 

 

(学問と芸術について)

 

学問なるは、人の独善、慢心の行の結果なり。神を忘れて、

己の力に原因結果を求め、己の力と妄信するが、学問の真髄、

真の姿よ。なれば、愚かな者たちは、己の力に可能を求め、

全てを行い現さんとする。なれど始めの出発から、学問始まる

あやまちありき。この世の現象、事象の全てを、計算、記号、

数学によりて、解きて、規則を見つけんとする。なれど全ては

神の奇跡よ。元の始めの神のご意図を知り得ぬ者に、何が

わからん。神のご意図を読みてこそ後、真実真理は明らかと

なり、全ての事象に神を認めて、人は宇宙の原理に達せん。

人よ、知るなよ、分かるなよ。己の理屈や理論の中の、過ち、

誤り、まずは気づけよ。医学が人を癒せぬは、人知の粋の

集まりなれば、ますます汚れて、神も救えぬ。人の心の誤り

正すは学問ならず、ことば、それのみ。神を信じてことばを

浄めよ。さにて魂清らかならん。神を讃えて心高めよ。

さればことばも美しかるらん。

 

 

 

 

神の心を現すが、音楽、絵画の芸術ならん。神のことばを

現すための、歌あり、詩あり、絵画あり。人の心に映る全ては、

その時清まり高まらん。神の心を直接受けて、文字に、音符に、

物質に、表し伝える、そが芸術。なれど、なかなか人にも

分からぬ、真の芸術、真の価値は。心を高めて、波長を合わせ、

芸の高さに合わせる者のみ、真の価値も伝わらん。心も低く、

波長も低きは、必ずくだらぬ物を選ぶ。単に五感を、肉体を

心地よくする、そは技術。芸術なるは、魂を、浄め高める神の

顕れ。ならば真の芸術を、身近に置くも、霊行なるらん。

霊行行う備えとなれば、心を高める助けとなるらん。 

 

 

 

 

(学問が悪とおっしゃられるのですが、学問がなければ文明も

発達せず、人間はみな、動物と同じような暮らしをしなければ

ならないのではないでしょうか。許される学問とはどのような

ものですか。また物質文明も、どの程度までの発達をお許し

下さるのでしょうか)

 

では答えん。いつにもまして答え難く、高度のことを問うもの

かな。学問全てが悪にはあらず。学問なるにも二つあるらん。

心の成長促すものと、体の成長支えるもの。そは二つとも、

神の喜び、認め許さる学問なるらん。なれどそもまた見分け

難く、人の心を腐らせ汚す、さなる俗悪、偽もあらん。

人の心の成長は、ことばと感謝の想念により、自ずと豊かに

実りを蓄え、次なる世代も潤わさん。なれど心の害となるもの、

そは今の世の、現世のみの、享楽繁栄、そのみを求む。

人への感謝も抱くことなく、ただ物のみに価値を見出す。

金や物質、権利の為に、競い、争い、驕り、高ぶる。人の繁栄、

衰退を、物の有る無し、金銭の多寡、さにて測るを恥とせず。

さなる学問教養は、神の嫌わる学問、人知。なれば神には

無用の長物。かえりて邪魔なり、迷惑の種。

 

 

 

 

神の望まる学問ならば、人の心を成長させ、豊かに広がり、

栄えるばかり。学問なるは、心の発達、情緒安定、豊かな優しさ。

さなる心へ導きゆくものなれば、神の望まる学問とは、ただ

いたずらに、物質のみの、肉体のみの学にはあらず。

自然の運行、摂理に従い、そを顕わして、行いて、神の存在、

あの世を映す、高次の学問、そを求めらる。なれば今の世、

現界にては、まだ難しく、時はまだ来ず。なれど次の世、

来世においては、必ず先人、先駆けたちが、この世を導き、

次元を上げて、残されし魂、引き上げて、物質超えし学問

教えん。なれば今には、学問なるも、次の世にては何の価値

なし。価値あるものは、物質ならず。真の価値は魂ならん。

清き魂、乱れぬことば、神への思いと感謝の心。そに支えられ、

育まれて、発達するが真の学問。なれば今の世、物質のみは、

無闇に発達、進化しぬれど、車の片輪、精神は、忘られ、

捨てられ、省みるなし。なれば、いかにも、物質文明、人の

進化の表れなれど、ただそれのみには不足なり。

物質使う人の心に、魂なくば、物質乱れん。汚れは移りて、

物質狂わし、巡りて、心に汚れを積まん。物質文明、その発達は、

神の望めし文明は、心の汚れを深めるのみの、神への感謝を

失わすのみの、さなる今世の文明ならず。

文明なくば、動物なるか。さにはあらぬぞ、あやまつなかれ。

動物植物、みな恵み。神の慈愛を受けるものたち。なれど、

彼らに欠けしものこそ、ことばならずや、文字ならざるや。

さにて人間、別なる恩恵、神の慈愛を、さらにも受けて、

神のみ役も賜るべきもの。物質なくとも、ことばと文字にて、

人は互いの心を伝え、互いに浄め、高め合い、高次の物質文明

さえも、発達させうる術(すべ)を持ちしを。

 

 

 

 

物質のみが豊かさならず。なれどこの世は、物質世界。物質

あらば、心を安らげ、楽しきことも多くあらん。物質あらば、

悟りも易く、気付くも早く、進みゆかん。さなる物質、文明

ならば、神は喜び、後押しなさらん。なれど、今の世、現界

にては、物質のみの進化繁栄。悟るを遅らせ、防ぐるのみ。

挙げ句にあの世の存在否定し、人の心を惑わす学問。曇らせ、

汚して、さらに深めん。人の心の迷い、疑い。宗教なるも働かず、

かえりて拍車をかけゆくありさま。嘆くも虚しく、儚きことよ。

神の賭けらる最期の希望よ。そが現在なり、この時なり。

神のみ声を知らせんと、最期の機会を人類に、許し、賜り、

待ちてみん。物質、金に、惑わさるるなよ。人の心の平穏こそが、

心の豊かさ、ゆとりならずや。神への素直な感謝と安らぎ。

そを第一に、専一にせよ。さにて神の望まる学問、物質文明、

そもわかりなん。

心を忘れし文明は、いつの時代も許す能(あた)わず。なれど

心と魂の、浄化を助くるものにあらば、いかに発達繁栄すとも、

神は喜び、賀し祝わん。明日にも問えよ、深き問い。さにて

人への示しとされよ。精進努力を、祈りおるなり。

 

 

 

 

 

 

神の声を伝える人
ひふみともこさん著書  「続神誥記」より抜粋
ひふみともこさんHP

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