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「真理の御霊」

最後の審判(次元上昇)を超えるために1999年からひふみともこさんに下ろされている神示をお伝えします

神から人へ◎食事と身体・陰陽と循環について◎

 


人間本来の食べ物、 神世の頃の人の食べ物、そは肉ならず、

魚ならず。神世の食せし食べ物は、木の実や穀物、植物なる。

人の肉食始まりは、人の愚かな欲望なりき。人は己の分を

わきまえず、己が最も偉大なりと、考え誤り、他を征服し、

さらには他をも支配せん、独占せんと武器を持ち、他の

生き物を殺戮始めき。なれどそもまた人類の、別の進化に

必要なれば、神は許して見守りき。人の肉体骨格も、さらに

進化し、文明を生み、知能も発達、知恵を持ち、神の望みし

段階となる。なれど、人本来の、食べて血肉なるものは、

他の動物の肉ならず。ときにはそもまた必要なれど、常時

食すは汚(けが)れとならん。ましてや今の世の人々は、

汚れを貯めて毒となり。今改めて見直せよ。

多くの病、難病奇病、狂いし妄想、乱れし欲望。

このまま食を間違いぬれば、いつかは自ら滅亡せんを。

なれど そもまた神の意図。いつかは人の学びとならん。

本来食すものに戻らば、必ず清浄、正常とならん。

 

 

(食事の仕方について)

何を摂りても、全て可なり。なれど心し、気を使うべきは、

それその物を頂くときの、食への感謝と、動植物への感謝と

いたわり、そを持ち食せよ。さなくば毒となり、腐りと

なりて、体内汚して、病となるらん。なぜとあらば、

全ては神の作しものなれ、神への感謝をまず第一に、

その次忘れず心すべきは、その身(実)を捧げる生命への、

同情、優しさ、そが大切なり。さなる心で頂くならば、

全ては体の滋養となるらん。なれど食欲、そもまた汚れ。

ただ食欲と執着にて、己の嗜好を喜ばすだけの、暴飲暴食、

そは慎めよ。最も体を汚すものは、食への執着、強すぎる

こと。体の自然の欲求と、心の底より感謝せんとき、

食は体の養分なるらん。ただ徒(あだ)に食を漁るは、

体の毒なり。汚れとなるのみ。体の汚れを浄めるため

には、心の汚れを取るが始めよ。さならずば、何を

いただかんとも、体を養う素とはならざる。

食を食べるは、己の体を、さらに浄めて強めるためなり。

何を食べても、何を飲みても、そにこだわるは、汚れの

素なり。肉を食すが害にはあらず。肉には肉の、力ある

なり。なれど肉の力に耐える、己の体の体力なくば、

肉は汚れを体に残し、体を蝕むものとなるらん。

 

 

(自分の体に合った食べ物とは)

そもまたそれぞれ。普遍はあらず。なれど世間の常識に

ある、体の衰え、強さに応じて、真に欲する物にあるなら、

そがその者に適する食なり。全ては陰陽。人によるもの。

己の味覚や嗜好というは、心の表れ、囚われなれば、

そに侵されて負けぬる者は、先ずはそに克(か)ち、

目覚めるべけれ。偏食なるも、同じこと。ただそれのみを

好むというは、心のどこかに狂いがあるらん。心の

どこかに病持つ者、心の虚(むな)しく、満たされぬ者、

そは肉体も衰えゆかん。体の衰え、衰弱は、巡りて心を

さらに淋しく、わびしき思いと引き下げゆかん。

心高めて、喜びあふるる、さなる健やか、健康なるは、

無駄な暴飲偏食もなく、ただ少量を感謝をこめて

いただき、満たされ、汚れも溜まらず。

よく心せよ、体の健康。体ばかりに目を向けるなよ。

先に正して、高めゆけよ。心と体と魂と。全てが一体、

不可分なれば、その一部のみを高める能(あた)わず。

 

 

(食の陰陽、体の陰陽について)

陰陽なるは人の心の、陰りと光、そをいうものなり。

心の曇りは陰陽にては、陰に当たりて、汚れを表す。

陽というは、心の光、心の明るさ、救いを表す。

なれば人には陽のみが、あらばそれこそ最も尊く、

ありがたきものと思うなれども、真の真理はさにあらず。

心も体も陰陽ありて、始めて全き働きをなす。

陰のみにても、よくあらざれど、陽のみにても治まらず。

二つで一つの働きなれば、陰のみ、陽のみ、そは病なり。

陰なる者は陽を求め、陽なる者は陰を求めよ。

さにて陰陽兼ね備えてこそ、全き働き、行いなるらん。 

陰陽二つが合わさりてこそ、二つの循環始まりて、

行い進みてはかどりゆかん。陰のみ、陽のみ、動きは

止まり、働き止みて無為となり。陰陽、それらは循環

表す。この世を動かす根本原理。 なれば宇宙も陰陽に

より、循環回転、進歩発展。

動きの止まりし宇宙には、生も命も光もなければ、

全てが無なる暗黒世界。なれど陰陽現れなば、必ず

補う力が働き、互いを動かし進ませんとす。宇宙の

原理は陰陽なれば、人の体も同じ原理よ。

 

 

体の陰陽、そは古来より、中国医術に研究進み、

陰陽極めて発達しぬるを。なれば人は肉体の陰なる者は、

陽を食せよ。陽なる者は、陰を摂れよ。全ては働き回り

始めん。陰の食物なるものとは、植物野菜、木になる

果実や穀物雑穀。陽なるものとは、肉類、魚類、体に

力を与えるものなり。陰なるものは、若きときこそ、

多くを要して摂るべきなり。陽なるものも、年齢を問わず、

体の衰え、疲れに応じて、適度に摂るべし、食すべし。

なれば体の弱りし者は、陽は控えて陰を食せよ。

病、衰え、疲れ、弱りは、陽の汚れの溜まりし表れ。

なればさなる病気の者は、陽は控えて陰を摂るべし。

陽なる者とは、体も強く、体力あふれし若き肉体。

この先まだまだ働き動く、力を欲する肉体なり。

なれど陽なる肉体なれば、陽を摂るにも、程度を

わきまえ、陰にて補い、汚れを浄(きよ)めよ。

陰ばかり食すのは誤り、力が不足。陰にも汚れは

あるなれど、陰の働きは、陽の汚れを浄める働き。

陽の汚れは溜まるに易く、肉体汚れを強めるものなれ、

陰にて汚れを落とすが大事。なれど己の肉体の真の

陰陽、状態は、知るは難し、測(はか)るは難し。

なれば心の奥底からの、魂浄めて、悟るを要す。

魂の汚れは執着なれば、嗜好に頼りて食すは危うし。

よく澄まし聞け、体の要求、求むる食物、必ず分か

らん。

 

 

  

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